モイラペディア|Moirapedia

重光武雄

とはどんな人?石鹸づくりから始め、三つの原則で見極めて広げた経営

生年月日: 1921年11月3日 韓国

重光武雄の基本情報

読みしげみつ たけお
生年月日1921年11月3日
国籍韓国

重光武雄とはどんな人?何をした人?

重光 武雄(しげみつ たけお、1921年11月3日 - 2020年1月19日)は、韓国の実業家。ロッテグループ創業者、ロッテホールディングス名誉会長、韓国第5位のロッテ財閥元総帥。

重光武雄の経営判断

焼け跡の石鹸作りから立て直した

重光は日本人の友人の勧めで切削油生産工場を設立し事業を始めたが、戦時中の連合国の爆撃で稼働前の工場は全焼した。学生時代からの重光の誠実な人柄を信じて5~6万円を出資した日本人投資家は、工場が灰になっても最後まで重光を信じた。工場全焼から2週間後に終戦を迎え、朝鮮に帰還する同胞が相次ぐ中、重光は日本に残り、八王子にある農家の納屋を借りてヒマシ油を使った石鹸づくりを始めた。

石鹸はよく売れ、靴墨やポマードの生産にも広げた。1946年5月には荻窪に新工場『ひかり特殊化学研究所』を立ち上げ、1年半後には日本人投資家への借金を全額返済し、感謝の印として住宅1軒を贈った。

進駐軍が持ち込んだチューインガムの人気を見て1947年にガム製造に乗り出し、ガム事業での仲間の裏切りを乗り越えたうえで、1948年6月にひかり特殊化学研究所を株式会社ロッテに改称して代表取締役社長に就任した。社名は、愛読していたゲーテの『若きウェルテルの悩み』の主人公シャルロッテから取ったものである。

経営の型:資金も経験もない状態でも、目の前で売れているものから作り直し、投資家への信用を先に返してから次の事業へ進む。

三つの経営原則で事業を絞った

重光には次の三つの経営原則があった。理解できていない事業にはいきなり手をつけないこと、可能性がある事業を始める時は徹底的に調査をしながら準備すること、そして事業に失敗しても株主も経営者も誰も被害を受けない範囲で投資資金を借り入れることである。

この姿勢は実際の判断にも表れている。韓国進出にあたっては重化学会社の設立を望んだが、石油化学事業は樂喜化學工業社が先に事業者となったため断念し、朴正煕大統領に勧められた製鉄業も浦項綜合製鐵という半官半民の会社が担うことになり諦めた。一方、経験のなかったホテル業には、世界各国の一流ホテルを回って学んだうえで参入している。

経営の型:着手する前に自分の理解が届く範囲かどうかを確かめ、届かなければ退く。

帝国ホテルを手本に観光業へ参入

資源が乏しい韓国には観光立国づくりが必要だと重光は考えた。韓国に一流ホテルがなかったことから将来性があると判断し、観光業への参入を決めた。ホテル業の経験はなかったため、世界各国にある一流ホテルを回って勉強した。

国際観光公社(現在の韓国観光公社)が経営していた半島ホテルを買収したうえで、日本の帝国ホテルをモデルにした38階建てのロッテホテルを建設した。ホテルは1979年に完成して成功を収め、1988年のソウルオリンピックの際には同ホテルに五輪組織委員会本部が置かれた。

こうした功績が評価され、1995年には観光産業分野で初めて金塔産業勲章を受章した。1997年3月には釜山ロッテワールドが開館し、開館式のテープカットには日本の元首相4人が参加して交遊の幅広さを示した。

経営の型:経験のない事業ほど、着手前に一流の実例を自分の目で回って学ぶ準備期間を置く。

重光武雄の略年譜

1921年11月3日生まれる
1941年所持金83円で関釜連絡船に乗り日本へ移住
1946年5月荻窪に新工場「ひかり特殊化学研究所」を設立(石鹸・ポマードを生産)
1947年チューインガムの製造に着手
1948年6月ひかり特殊化学研究所を株式会社ロッテに改称、代表取締役社長に就任
1967年4月韓国にロッテ製菓を設立
1969年東京オリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)のスポンサーとなる
1973年10月韓国にホテルロッテ(株)を設立
1979年38階建てのロッテホテルが完成
1997年3月釜山ロッテワールドが開館
2009年7月1日ロッテグループ社長を退任、会長に就任
2015年7月代表権のない名誉会長に退く
2020年1月19日ソウル市内の病院で老衰のため死去(満98歳)

重光武雄の性格を四柱推命で読む(命式)

日主庚(金・陽) - 身強

庚金 — 刀剣のような存在。正義感が強く、決断力がある。鋭い判断力と行動力の持ち主。

年柱月柱日柱
天干辛己庚
地支酉亥午
通変星劫財印綬(日主)
十二運帝旺病沐浴
月柱通変星印綬(学問・慈愛)

学問を好み、思慮深い。慈愛に満ちた人格者。

五行バランス

木
9%
火
9%
土
27%
金
45%
水
9%

命式から読む重光武雄の経営判断

ここから先は四柱推命による解釈です。史実ではなく、命式の読み方の一例として書いています。

重光武雄の日主は庚金(かのえ)。刀剣にたとえられる干で、正義感が強く、鋭い判断力と行動力を併せ持つとされる。身強で、自らの力で道を切り開く型である。

年柱の通変星は劫財。競争心が旺盛で社交的、仲間とともに成長する星とされる。日本に単身渡り、日本人投資家の支援を受けながら石鹸づくりから事業を立て直し、進駐軍が持ち込んだガムに商機を見出して株式会社ロッテを興した歩みは、この星の読み方と重なる部分がある。もちろん命式が判断を決めたわけではなく、命式を先に見た人間ならこの人が人とのつながりの中で事業を興すのは腑に落ちる、という解釈にすぎない。

月柱の通変星は印綬。学問を好み、思慮深く、慈愛に満ちた人格者を示す星とされる。理解できていない事業には手をつけず、徹底的に調査してから着手するという三つの経営原則を掲げた姿勢は、印綬の慎重さと重なる読み方ができる。経験のなかったホテル業に参入する際、世界各国の一流ホテルを回って学んでから着手した判断も同様である。

庚金の刀剣としての鋭さは、事業に失敗しても株主も経営者も被害を受けない範囲で資金を借りるという原則にも表れていると読める。決断力と慎重さを併せ持つ命式として捉えられる。

重光武雄に関するよくある質問

重光武雄は何をした人?

日本と韓国でロッテグループを築いた実業家です。1948年に株式会社ロッテを設立し、後に韓国でもロッテ製菓やロッテホテルなどを展開しました。日本ではプロ野球の千葉ロッテマリーンズ、韓国ではロッテ・ジャイアンツのオーナーも務めました。

重光武雄の生年月日・命日は?

生年月日は1921年11月3日です。

重光武雄の性格は?(四柱推命)

日主は庚・金・陽です。庚金 — 刀剣のような存在。正義感が強く、決断力がある。鋭い判断力と行動力の持ち主。

重光武雄の誕生日は何月何日?

誕生日は11月3日です。同じ誕生日の運勢は /birthday/11-03 で確認できます。

ロッテという社名の由来は?

重光が愛読していたゲーテの『若きウェルテルの悩み』の主人公シャルロッテから取られました。1948年6月、それまでの「ひかり特殊化学研究所」から株式会社ロッテに改称しました。

重光武雄はどのように亡くなった?

2020年1月19日、ソウル市内の病院で老衰のため亡くなりました。

あなたもこの偉人と同じ命式か診断してみませんか?

無料で命式を診断する →