とはどんな人?情報をビジネス化し、情報産業を切り拓いた経営判断
| 読み | えぞえ ひろまさ |
|---|---|
| 生年月日 | 1936年6月12日 |
| 職業 | 経営者 |
| 国籍 | 日本 |
江副 浩正(えぞえ ひろまさ、1936年(昭和11年)6月12日 - 2013年(平成25年)2月8日)は、株式会社リクルートの創業者として知られる日本の実業家。「昭和最大の起業家」「東京大学が生んだ最大のベンチャー起業家」とも評されるが、「リクルート事件」の贈賄側人物としても知られる。
江副は東京大学在学中、財団法人東京大学新聞社で企業向けの営業を覚えた。1960年、リクルートの前身である株式会社大学広告を設立した。起業時には、東京大学新聞編集部の先輩である森稔が経営する賃貸ビル「第2森ビル」の屋上に仮設事務所を借りて事業を行った。
大学広告は大学新卒者向けの「企業への招待」(リクルートブックの前身)を発行し、求人広告という業界の地位を大きく向上させた。江副自身は1960年3月に東京大学教育学部教育心理学科を卒業しており、学生としての立場から事業を興したことになる。
経営の型:資格や資本ではなく、在学中に身につけた営業の技能と借りた場所から始める経営の型。
リクルートはその後、不動産、旅行、転職情報などに進出した。営農事業のリクルートファーム(鹿児島県、後に岩手県)、リゾート施設の安比総合開発株式会社(安比高原スキー場)、住宅デベロッパーの環境開発株式会社(後のリクルートコスモス)などを設立している。安比高原スキー場は1981年(昭和56年)に開業した。
江副はピーター・ドラッカーの著書『創造する経営者』に感銘を受け、『リクルートの経営理念とモットー十章』を作成した。その中の代表的な言葉「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」を印字した青いプレートを、社員全員の机に置いて回った。この言葉は、江副の遺した社訓として知られている。
経営の型:情報を仲介する一つの事業を隣接する領域へ次々に広げ、理念を短い言葉にして全社員の机に置く経営の型。
リクルートの創業10周年記念には、返済不要の奨学金制度、リクルートスカラシップを創設した。1971年には、人材育成を支援する財団法人江副育英会(現:公益財団法人江副記念リクルート財団)を自ら創設した。
1992年(平成4年)、ダイエー(現・イオン)がリクルート株の約10%を取得して傘下に収め、同株を売却した江副は約400億円の売却益を得たとされる。この売却益への納税額は、高額納税者公示制度(いわゆる「長者番付」)でこの年の全国1位として公表された。
リクルート事件の判決確定後、江副は江副育英会の活動に専念するとともに、オペラ振興事業、執筆業、慈善事業などを通じて活動した。2001年(平成13年)には、オペラの興行団体「株式会社ラ ヴォーチェ」を設立し、オペラ歌手の支援やオペラ公演の振興に尽力している。
経営の型:事業で得た利益を、次の事業ではなく人材育成の財団と支援活動に回す経営の型。
| 1936年6月12日 | 生まれる(大阪府大阪市天王寺区) |
|---|---|
| 1960年3月 | 東京大学教育学部教育心理学科を卒業 |
| 1960年 | リクルートの前身である株式会社大学広告を設立 |
| 1971年 | 財団法人江副育英会(現・公益財団法人江副記念リクルート財団)を設立 |
| 1981年 | 安比高原スキー場を開業 |
| 1988年1月 | リクルート会長に就任 |
| 1988年6月 | 「リクルート事件」報道が始まる |
| 1988年 | 国会での証人喚問後、リクルート会長を退任 |
| 1989年2月 | 贈賄容疑で逮捕、贈賄罪で起訴 |
| 1992年 | ダイエーへのリクルート株売却で約400億円の売却益、長者番付全国1位として公表 |
| 2001年 | オペラの興行団体「株式会社ラ ヴォーチェ」を設立 |
| 2003年3月 | 懲役3年執行猶予5年の有罪判決を受け確定 |
| 2009年10月 | 告白手記『リクルート事件・江副浩正の真実』を刊行 |
| 2009年12月 | 担当弁護士との共著『取調べの「全面可視化」をめざして リクルート事件元被告・弁護団の提言』を刊行 |
| 2013年2月8日 | 肺炎のため東京都内の病院で死去(享年76) |
乙木 — 草花のような存在。柔軟で適応力が高く、しなやかに環境に馴染む。外見は控えめだが芯は強い。
| 年柱 | 月柱 | 日柱 | |
|---|---|---|---|
| 天干 | 丙 | 甲 | 乙 |
| 地支 | 子 | 午 | 丑 |
| 通変星 | 傷官 | 劫財 | (日主) |
| 十二運 | 病 | 長生 | 衰 |
社交的で競争心が旺盛。仲間と共に成長する。
ここから先は四柱推命による解釈です。史実ではなく、命式の読み方の一例として書いています。
江副浩正の日主は乙木(きのと)。草花のような存在とされる干で、柔軟で適応力が高く、しなやかに環境に馴染むが、外見は控えめでも芯は強いという性質を持つとされる。四柱推命でいう日主とは、生まれた日の天干から見るその人自身の性質を指す。江副は身強、つまり日主の力が強い型である。
年柱の通変星は傷官。鋭い感性と表現力、プライドの高さと完璧主義を示すとされる星である。東京大学在学中に、当時は発想自体がなかった就職斡旋の事業に着手し、就職・転職・住宅の情報を商品として扱う情報産業の旗手となったことは、この感性と表現力の型に重ねて読むことができる。もちろん命式を見て事業を選んだわけではなく、あくまで一つの解釈である。
月柱の通変星は劫財。社交的で競争心が旺盛、仲間と共に成長する型を示す星とされる。大学広告を森ビルの屋上に借りた仮設事務所から始め、先輩の力を借りながら事業を広げていった経過は、劫財の「仲間と共に」という読み方に沿う面がある。
乙木は環境に馴染んでしなやかに広がる草花の型とされる。情報誌の事業から不動産、旅行、転職情報、スキー場開発へと次々に領域を広げていった経営の姿は、この型に重ねて読むことができる。命式ではこう読める、という域を出ない話ではある。
江副浩正は、株式会社リクルートの創業者として知られる実業家です。東京大学在学中に就職斡旋の事業に着手し、就職・転職・住宅などの情報を提供する情報産業の旗手となりました。「昭和最大の起業家」とも評されています。
生年月日は1936年6月12日です。
日主は乙・木・陰です。乙木 — 草花のような存在。柔軟で適応力が高く、しなやかに環境に馴染む。外見は控えめだが芯は強い。
誕生日は6月12日です。同じ誕生日の運勢は /birthday/06-12 で確認できます。
1988年(昭和63年)に発覚した贈賄事件です。江副は同年に国会での証人喚問に召喚され、リクルート会長を退任、1989年2月に贈賄容疑で逮捕されました。裁判は14年間続き、2003年3月に執行猶予付きの有罪判決を受けています。
江副が1971年に自ら創設した、人材育成を支援する財団法人です。現在は公益財団法人江副記念リクルート財団という名称になっています。江副はリクルート事件の判決確定後、この財団の活動に専念しました。
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